こんにちは、Isajiです。
甲子園の高校野球と言えば「校歌斉唱」ですよね。母校の校歌が流れたという経験がある方はさそや誇らしいことでしょう。
ところで、この校歌斉唱って甲子園大会開始当初からおこなわれていたのでしょうか?普段は当たり前のように試合終了後に流される校歌を聴いていましたが、ふと疑問に思いました。
ってことで、今回は甲子園での校歌斉唱がいつからはじまったのかについて調べてみました。
また合わせて、なにがきっかけではじまったのかや、歌っている歌手について、さらには人気の校歌についての情報もお届けしますよ。
では早速、校歌斉唱がいつから行われているのかってことから一緒に見ていきましょう。
この記事でわかること
甲子園の校歌斉唱っていつから?きっかけは?
甲子園の校歌斉唱はいつから行われているのでしょうか?先ずはここから見ていきましょう。
いつから?
甲子園で校歌斉唱が行われるようになったのは、
- 春のセンバツ・・・1929年(昭和4年)第6回選抜中等学校野球大会から
- 夏の選手権・・・1957年(昭和32年)第39回全国高等学校野球選手権大会から
です。意外にも最初からじゃなかったんですね。今回調べるまでてっきり春も夏も最初からの企画だと思っていました。
春のセンバツではじまってから夏の選手権で導入されるまでに28年も間があるのも驚きですね。
これは個人的な予想ですが、主催者の都合かなと思いますね。春のセンバツの主査者は毎日新聞社で、夏の選手権は朝日新聞社ですから朝日新聞社としては同じことをしたくなかったのかなぁと思います。
ところで、春も夏も途中から校歌斉唱がはじまったってことは、なにかきっかけがあったってことですよね。
そこで次に、甲子園でどうして校歌斉唱がされるようになったのかを確認しておきましょう。
きっかけは?
甲子園の校歌斉唱には提案者がいました。それは、
- 人見絹江さん
です。
人見さんは1928年(昭和3年)のアムステルダムオリンピックで、陸上女子800mに出場し、銀メダルに輝いた方です(女性初のオリンピックメダリスト)。
この時、表彰台の上で金メダルを獲得したリナ・ラトケ選手のドイツ国歌が流れたことにすごく感動し、甲子園での校歌斉唱を提案されたそうです。
人見さんの提案があったからこそ、現在あの感動を味わうことが出来ていると思うと「人見さん、有難うございます!」って言いたくなってしまいました。
それ以来、甲子園で勝つことを「甲子園で校歌を歌う」って言われるようになっていったんですね。
ところで、甲子園の校歌は勝利チームが試合終了後に斉唱するだけではないのを知ってますか?
次はそんなお話です。
2回の表と裏の攻撃前に校歌が流れるのはなぜ?
1999年(平成11年)の春のセンバツから、春夏両方の甲子園大会の1回戦で2回に、両校の校歌が流れるようになりました。それは、
- すべての出場校の校歌を聴いてもらうため
なんです。
当然ながら、全出場校の半分は初戦敗退して、校歌を一度も歌えずに甲子園を後にすることになりますよね。
それではかわいそう、ってことで1999年のセンバツから1回戦の2回に、両校の校歌を場内放送で流すようになったのだそうですよ。
実際にスタンドで応援している在校生や応援団にとってはすっごくうれしい、誇らしい瞬間でしょうね。
テレビ観戦していても、母校の校歌がテレビから聞こえてきたら多分涙が出てくるんじゃないかと思いますねぇ。
ここで一つ疑問が!
甲子園で聞かれる校歌って、どう聞いても選手が歌っている声じゃないですよね。あれって誰が歌っているのでしょうか?
そこのところがちょっとひっかかったので、早速調べてみました。
甲子園で流れる校歌を歌っている歌手は?
校歌を実際に歌っているのは、
- 50歳前後のベテラン声楽家4人
ってことです。
詳しい氏名までは分かりませんでしたが、プロが歌っていたんですね。
地方大会が終わって、出場校が決定してから数日で全校分の音源を用意するのでしょうか?
じゃなくて、初出場校や出場経験校の中でも校歌に変更があった高校の分約20校分の音源を収録するのだそうです。
収録は大阪の朝日放送で行われます。
高校の雰囲気や歌のイメージを壊さないように、慎重に収録されていくんですって。こんなところにも甲子園大会の裏方さんが活躍されているんですね。
ちなみに、出場経験校も再収録を依頼することが可能らしく、2015年夏の選手権では、出場経験校42校のうち13校が再収録を希望したんですって。
以上、甲子園の校歌斉唱の歴史や歌っている歌手についてお伝えしました。
次は少し話題を変えて、高校野球ファンの間で人気の校歌をいくつかご紹介したいと思います。
人気のある校歌・面白い校歌3選
校歌と言っても、人気のある曲やおもしろい話題曲がいくつかあります。ここでは私が独断で選んだ次の3つをご紹介していきますね。
- 1位 上宮高校(大阪) 校歌
- 2位 明豊高校(大分) 校歌
- 3位 健大高崎高校(群馬) 校歌
では1位から見ていきます。
1位 上宮高校(大阪) 校歌
この校歌を1番に選んだ理由、それは「歌詞が短い」ことで有名だからです。実際の歌詞を見てみましょう。
月影の いたらぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞ澄む
作詞;法然上人
作曲;古旋律による
よく見ると「五 七 五 七 七」の和歌になっていますね。
歌詞は、甲子園で斉唱された中では最も短いのではないかと思われますが、意味は最も深いんじゃないでしょうか。
月の光はすべての人に届くが、それを感じようとする人にしかわからない、ってことでしょうか。
「自分は色んな人に支えられて生きていることを自覚しましょう」って私は解釈しました。勉強になる校歌ですね。
ちなみに調べてみると、上宮高校は法然上人が高祖なんですね!仏教の悟りの世界に基づく教育理念ってすごいと思います。
自分の高校にはそんな素晴らしい理念はなかったですねぇ・・・。
続いて2位を見てみましょう。
2位 明豊高校(大分) 校歌
こちらは南こうせつ夫妻の作詞作曲で話題のようですね!
Youtubeに、甲子園での校歌斉唱の動画が出ていたので聴いてみましたが、普通は第2章でもご紹介しましたように、プロの声楽家の方が歌っている局が流されますよね。
しかし、明豊高校の校歌斉唱は南こうせつさん自身が歌っている音源が流されるんですね!
これは高校関係者はメチャメチャ感動するでしょうね。この歌を聴いて「自分も明豊高校に入りたい」って思う球児もいるのではないでしょうか。
「ゆめを~ あきらめない~で」ってとこが特に気に入っています♪
3位は異色ですよ!
3位 健大高崎高校(群馬)校歌
「Be together Be together Let’s Be together」で始まるのですが、甲子園で斉唱された時の動画を観ると、英語の歌詞が縦書きで表示されているんですよ!
これは異色で斬新ですよね。
気になる方はYoutubeでぜひ確認してみてください。
では最後に今回の内容をおさらいしておきましょう。
まとめ
甲子園の高校野球大会での校歌斉唱が、一人のアスリートの提案によりはじめられたとは知りませんでした。
これは誰かに教えたくなる雑学ですね♪それと、最近の校歌って校歌っぽくない、POPな曲が多いんですね。これも新しい発見でした。
- 甲子園での校歌斉唱は1929年 春のセンバツから。
- 人見絹江さんの提案によりはじまった。
- 甲子園で流れる校歌はプロの声楽家の歌を収録している。
これでまた一つ、高校野球の楽しみが増えました。試合終了後の校歌斉唱も楽しみに観戦したいと思います。
今回は以上となります。最後までご覧いただき、ありがとうございました。